これまでとこれからも

政治家(議員)になろうと思った動機(きっかけ)は何ですか?

地方が衰退していく。「焼津も何とかしなくちゃ」の思いの中で、地方政治が国政と同じように、しがらみの世界で動いていることに憤りを感じ、一部の声の大きな人たちの声ではなく、声なき市民の声を市政に反映させたい、生まれ育った大好きな街を作り替えたいと思った。

政治家(議員)として心掛けているところは?

あらゆる階層年齢の方のご意見が聞けるよう、どなたとも話ができるような雰囲気づくりを普段の生活では心がけ、政策的な面では様々な政策や要望等を、常に、どうしたらできるのだろうと問いかけて提案することとしている。

政治家として遣り甲斐を感じることは?

地域の方の困りごとを自分のアプローチで解決することができたときや、市政の方針、施策を自分の提案で動かせたときはやはり、やり甲斐を感じます

力を入れている(入れていく)政策は何ですか?

焼津港エリアに、体験型観光施設をさかなセンターの改修事業を兼ねて作り、交流人口増加をはかるため、市内の事業者の相互交流をはかり、新たな事業を推進する。
焼津独自の子育て支援・就業支援の制度の充実をはかり定住人口の増加をはかる
市役所と議会に本当に市民の声が反映されるように努め予算消化ではない、本当に必要な予算配分を実現させるよう意見具申していく。
市民の健康づくりと地域交流の場としてのスポーツ振興策をより充実させ健康長寿のまちを作る。

政治家にならなかったら何になりましたか?

57歳までは銀行員でした。その後はたぶん年金暮らしのうるさいお爺さんになっていたでしょう。

有権者(特に若い方達)へのメッセージをお願いします。

現代のような働き方のもとでは、将来の生活設計はなかなか立ちにくいものではないでしょうか。今楽しく生活できればそれでいいのでしょうか。
少子高齢化の社会のため、さまざまな社会政策を国、地方自治体が打ち出しています。
政治は離れたものではなく、暮らしに密着した身近なものです。
先輩たちから受け継いだ想いを、次の子どもたちの世代に繋ぎ、今、汗をかいて働き、子育てしている世代がよりよく生活するためにも、政治に関心を持つことが大切です。
身近な政治家を大いに使ってください。あなたの声を必ず届けてくれる人を見つけましょう。

プロフィール

昭和27年12月9日 焼津市焼津生まれ
焼津南小学校・静岡大学附属島田中学校・藤枝東高等学校・東京経済大学経済学部をへて㈱静岡銀行勤務
途中中小企業事業団融資部への出向勤務を経験、中小企業施策に強くなりました。 
2010年10月市議会議員選挙のため退職
2011年2月焼津市議会初当選、2016年12月2期目の途中で焼津市長選挙に出馬。落選
その他の活動
公益社団法人 日本綱引連盟理事(綱引国際審判員を経験)
焼津市ラジオ体操連盟理事 広報部長